夜、僕は酒を呑みに街へ繰り出した。
その日は、タクシーでぼったくられる。トゥクトゥクの運転手が暴走し始める。観光地が閉まっている。などとトラブル続き。旅行としては散々だった。なので、酒でも呑んで、その日を精算しようとしたのだ。
格好の獲物
一人で歩く外国人観光客は、路上で商売をしている方からしたら格好の獲物。歩くごとに、レディボーイ(ニューハーフ)の方や、怪しげなマッサージのサービス、不思議な人形を売っている商人などから話しかけられる。
人混みがあまり得意でない上に、タイ語、英語、日本語が混ざり合う、脳に優しくない状況だった。情報処理が追いつかず頭が痛くなり、路地へ入った。
路地には、浮浪者のような風貌の男女数名と子どもが数人いた。そこには、コンビニがあったので、多分、彼らは、コンビニの灯を頼って居たのだろう。ともかく僕は、疲れて喉も渇いていたので、コンビニでコーラを買った。
「私を買いますか?」
コンビニの前でコーラを飲んでいると一人の子どもがトテトテと近づいてきた。近づいてくる理由はあらかた察しがつく。「きっと物乞いだ。何か渡して早く解放してもらおう」そう思い、何を渡せるか考えていると、その子が僕に話しかけてきた。
「私を買いますか?」と。
正直、驚いた。その子は繁華街の方々のような煌びやかな服装をしている訳ではなかった。言葉を選ばずに言えば、小汚くて痩せている子どもだった。
その子が僕に言った言葉は流暢ではないけど、ハッキリとした日本語だった。日本語の教育を受けているとは思えないので、きっと、普段からこの路地に抜けてくるような、僕みたいな人間に声を掛けるために覚えたのだろう。
もちろん、子どもを買うわけない。僕はその子にコーラと少しのお金を渡して、「これで見逃してくれ」と懇願した。なぜ懇願しなければいけないのかと言うと、少しモノやお金を渡すとホテルまで付いてこられたり、これから行く飲み屋に一緒に入られる場合があると聞いたからだ。
その子は、コーラの缶とお金を僕の手から取るとサッと行ってしまった。
その時、僕は内心ホッとした。ただ、その子の一言は確実に僕の心を抉った。キラキラとした繁華街からは見えない。いや、多くの観光客が見ないようにしているであろう、タイのリアルな一面を突きつけられた。そんな気がした。
「路地に入るよりも、大通りで人を無視し続けた方が精神衛生上いい」
そう思い、僕は大通りに出て雑踏を無視しながら呑める店を探した。
メコンウィスキーを呑みながら
大通りを少し歩くと、メコン(タイ産のウィスキー)を推している観光客向けのバーのような店があったので入った。「英語でも大丈夫ですか?」聞くと、少し話せるとのことで安心して席につけた。
店の雰囲気は「綺麗」とは言いづらく、観光客のおじさんたちが、街で買った女性(か男性)とイチャつく為に入っているようなお店だった。少し、お香の香りがする、薄暗い店内で僕はメコンを使ったハイボールを頼んだ。
メコンのハイボールは、少し独特だが、「アジアンテイスト」を味わうには最高だ。もし、読んでくれている方が、タイの夜を過ごす機会があれば、「メコンのハイボール」か「シンハービール」が良いと思う。
ハイボールを一杯やりながら聞こえてきたのは、タイの民族楽器で弾かれているが、新しさを感じる不思議な音楽だった。その不思議なサウンドは、僕にとってジェームス・ブラウンを初めて聞いた時のような衝撃だった。歌詞はタイ語だったのでよく分からなかったのだが、完全にFunkそのものだ。
その音楽こそが、タイファンクだった。
黒人音楽であるFunk、Jazz、HIPHOPなどの音楽要素にタイの民族音楽が加わった独特のサウンド。基本的に8ビートか16ビートで構成されていて踊りやすそうなリズム。僕は気づいたら、夢中になって聴き続けていた。
三杯目を頼んだぐらいで、ある疑問が頭に浮かんだ。
僕は日本人だ。そして、この店に居るお客さんは、全て外国人だ。お客さんを喜ばせるなら、安定したビルボードのヒットチャートなどを流した方が店の雰囲気も良さそうに見える。そこでタイファンクを流す意味はなんなのだろうか?
タイファンクが流れる意味
ここからは、僕が考えすぎているのかもしれない。
ただ、「なぜ観光客向けの店でタイファンクを流したのか?」について思った事を書く。
結論から言うと...
この店で流れるタイファンクとは、僕たちのための音楽ではなく「タイの人たちを勇気付ける為の音楽」なのだと思う。
「貧困から抜け出したい」「いつかお金持ちになりたい」「いつか家族を幸せにしたい」そんな従業員を勇気付けるための選曲なのかもしれない。
買われていった方々を元気付けるための選曲だったのかもしれない。
あの子ども、道で働く人達、その全てを勇気付けて欲しい。そう願った選曲なのかもしれない。
もちろん彼らの生活の細部を知っているわけではない。あくまで氷山の一角を見た上での感想でしかない事をご留意いただければ幸いだ。
ただ、僕はそう思うと、だんだんとタイファンクが心に沁みて、悲しくて優しいサウンドに聞こえてきた。